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2006.10.22.SUN. ①平等院 

【私のカルテ】シリーズ…山場過ぎたので、一休憩


いやぁ~、あのカルテシリーズ。
なんとも思ってなく、淡々と書き続けていたけど
『もうすぐで終わるぅ~~
…と、思った瞬間
気が抜けてしまった


なので


頭一旦リセットして、自分の趣味に突っ走りまぁ~す

カルテシリーズ同様、こちらも、ちゃんと残しておきたい



【御朱院】シリーズ、勝手にスタート



記念すべき第一弾は、先ずコチラからっ


…御朱印を始める前からも、何度も観光しに行ってたところではあるけれど。
御朱印スタートするにあたり、新たな気持ちで、参拝。
ということで、御朱印帳もコチラで購入


今の分であれば『写真日記』にするのですが…
過去分は、画像データが残ってる分と残ってない分とがあり。。。
(すぐに現像して、アルバムに残して、作業完了でしたので)
…奇跡的にデータ残っていても、私や友人が写りまくってる


過去分に関しては…申し訳ありませんっ
『文字』が、主になります


信仰心ももたない、ただの歴史好きの、覚書デス




余談。。。




どうでもいい、本日の私の記録(笑)

仕事後即家に戻ってきて、ご飯の準備。
うんで、お風呂。←の時間に、洗濯機稼働。
洗濯干しながら、HDDの整理(なんのだ?!笑)
カレーを食べながら、昨日の金スマを再生。

『キマグレン、いい人たちだなぁ~(感涙)』

…と、ヘルムート氏の涙に、コチラも貰い泣き。。。カレー食べながら(爆笑)

そしてっ!

土曜プレミアム【SEX AND THE CITY】に備える♪
…見入ってると…次回【鬼平犯科帳】てな予告がっ!

全巻購入しようかと真剣に悩んだ、中学生時代←どんな中学生や(笑)

『来週は見れないから…録画だなっ!』

…と、予約準備♪

コレが、私です(爆笑)

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【平等院・パンフレット等参照】


①平等院(2006.10.22.日)


*平安時代後期・11世紀の建築、仏像、絵画、庭園などを今日に伝え、「古都京都の文
 化財」として世界遺産に登録。

*永承7年(1052)俗にいう末法初年、時の関白藤原頼通によって父道長の別荘を寺院
 に改め創建。

*平安時代中期、王朝文化が花開き高い美意識が高揚された時代。

*この永承7年は末法初年に当たるとされ、末法思想が貴族や僧侶らの心をとらえ、極楽
 往生を願う浄土信仰が社会の各層に広く流行していた。

*その翌年の天喜元年(1053)、阿字池を中心に阿弥陀如来を安置する阿弥陀堂(国
 宝)が建立。
 これが、鳳凰堂。
 経典に描かれる浄土の楼閣をイメージした、優雅で軽快な建物。

*周囲に広がる(極楽の宝池を模した)阿字池は、宇治川や対岸の山々を取り込んだ雄
 大な借景とともに、名園として名高い史跡名勝平等院庭園を形づくっている。

*創建期は、風光明媚な宇治の地の多くが境内として、阿弥陀堂のほか金堂、講堂、法
 華堂、宝蔵などの多く堂塔が立ち並んでいた。

*しかし、その大半は建武3年(1336)、南北朝の争いの中で焼去。

*現在園内には、治承4年(1180)5月、以仁王の令旨を奉じ、平家打倒と掲げた源頼
 政が宇治で決戦に及び、衆寡敵せず平等院で辞世の和歌を残し自刃した地として有
 名な【扇の芝】や、【観音堂(重文)】【鐘桜】【羅漢堂(市指定)】等がある。

*ほか、文献や発掘調査に基づいて鳳凰堂周辺には洲浜が復元され、そこに架かる平
 橋・反橋や小島も整備されている。


●鳳凰堂●

*平等院の中心的な建造物である阿弥陀堂が、鳳凰堂と呼ばれるようになったのは、江
 戸時代のはじめの頃。

*建物全体が鳥が羽を広げた形に似ていることや、中堂の屋根の棟飾りとして一対の鳳
 凰がとりつけられていることから名付けられたとされている。

*華やかな藤原摂関時代をしのぶことのできるほとんど唯一の遺構として、このうえな
 く貴重な建築。

*最も大きな特徴は、池の中島に建てられていること。

*堂内の中央には金色の丈六阿弥陀如来坐像が端坐。

*周囲の壁および扉には九品来迎図、阿弥陀仏の背後の壁には極楽浄土図が描かれてい
 る。

*そして左右の壁の上部には52体の雲中供養菩薩像が懸けられている。

*現在では色あせてしまっているが、堂内の天井や小壁は、宝相華を主とする文様で埋
 めつくされていた。
 柱にも、天衣を翻して舞う天人や楽を奏する天人、飛び立つ鳳凰、宝相華、唐草文様
 などが描かれ、これらは鮮やかに彩色されていた。
 そして天蓋中央部の大型の八花鏡のほかに、天井には計66個もの銅製鏡が吊られてい
 る。

*『続本朝往生伝』という平安時代の本に「極楽いぶかしくば宇治の御寺をうやまえ」
 という記述がある。
 当時の人々は鳳凰堂を地上に出現した極楽浄土ととらえていた。

061022 平等院
↑06.10.22当時の、平等院(奇跡的に、私たちが写ってない当時のデータがあった笑)

*浄土式庭園の阿字池の中島に東向きに建つ。

*東側正面中央の扉を開放すると、柱間の格子は本尊の頭部の高さに円窓が開けられて
 おり、建物外からも本尊阿弥陀如来の面相が拝せるようになっている。

*阿弥陀如来の住する極楽浄土は西方にあると信じられており、池の東岸(あるいは寺
 の前を流れる宇治川の東岸)から、向かい岸(彼岸)の阿弥陀像を拝するように意図
 されたもの。


平等院には、よく行ってます。
行くたびに、10円硬化を持って、記念写真撮りまくっている私たちがいる(笑)
…コレ(10円)、後から見直すと『一体、何を持ってるの?!』と、なります(爆笑)

テーマ : 史跡巡り
ジャンル : 旅行

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